2007年04月29日

哀煙家

「愛煙家には肩身の狭い世の中になってきた」
こんな表現をいまだに見かけます

愛煙家と呼ばれている人たちは
実は、ニコチン補充の為にタバコを吸わなくてはいられない中毒者です。
タバコ産業とニコチンに操られているかわいそうな「哀煙家」と呼ぶほうがふさわしい人たちです。

そんな人たちの肩身が狭くなる
何を持って肩身が狭いというのでしょう

有害物質を他人に吸わせないようにする
要するに「人に迷惑をかけない」ということは
マナー以前に人として当たり前のこと『常識』ではないでしょうか
そんな常識が守られていないのでルールが作られる
それが肩身が狭くなるということでしょうか

今までは、タバコの有害性があまり知られておらず
なんとなく有害だと知っていても軽視されていました
そんな状況の中で喫煙は容認され
人の命よりも税収を重んじる政府によってむしろ推奨されてきました

今ではタバコの有害性が世界的にはっきりと認められ
それに対する対策が取られてきているのです

「肩身が狭くなる」
「タバコばかり目の敵にされる」
「吸う権利だってある」
そんなことを言っていないで
なぜそういう状況になっているのか考えてください

posted by だんちょ at 21:46| Comment(3) | TrackBack(4) | タバコ問題いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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